「なろう系」の功罪

2020年1月19日

diary


興味なかったけど、とにかく人気らしいので玉を探してみようと思い見に行きました。
……いやあ、凄いね、あそこ。
何が凄いって、どれもこれも「伯爵」「令嬢」「魔法」「スキル」「職業」「スローライフ」
びっくりするほどオリジナリティがない。
で、判で押したように追放されたり落ちぶれたりした後成り上がる。
しかも全て努力や自力ではなく運とかご都合とかで。

え、投稿者って同一人物?これだけの人数が?
と思ってしまうほどに思考停止したものがズラリ。

更に驚いたのは、「ノベライズされました」「コミカライズされました」「書籍情報」が大量に。
うっそだろ、これで書籍化されちゃうの?じゃあ書店に並んでいるのって全部同じ内容じゃん、と。
Aという本の1巻を買ってBという本の2巻を買っても多分、辻褄合うよ。

と眺めていたんですが、いくつかはびっくりするほど高品質な読み物もあって、

完結している高レベルなもの

洗濯をしていると皇帝陛下が流れてきました(momo)

まずタイトルがイカシてる。
ファンタジーなのに剣も魔法も特殊能力も出てこない。
内容もテンプレじゃないし、かと言って突拍子もない設定で目を引いている訳でもなく、全編通して九割方が後宮と執務室だけで展開しているのに、飽きさせずに話の面白さそのもので勝負できている。
日本語の使い方が間違っている箇所も見受けられなかった。
拙速に出来事ばかり追うのではなく、きちんとした因果関係の中で登場人物の心情が表現されていくのは「なろう」の中では出色だと思う。

エリスの聖杯(常磐くじら)

こちらはコミックにもなっているらしい。別格レベル。
本当に平凡(本人だけがそう思っているのではなく、作中どの人物からもそう扱われるくらいに徹底された)な見た目のヒロイン、練られた設定を過不足なく使うストーリー、本筋と伏線の巧妙な使い分け、これが商業化されるのは納得。
運やご都合で片付けない……いや、ある意味スカーレットの存在はご都合かも知れないけどそれでもごく普通に想像できるような「便利な存在」でないのは凄い。

奴隷落ちした追放令嬢のお仕事(長月おと)

これまた「聖女をクビに〜」と同様、タイトルだけ見ればテンプレ。
けれども、こちらは更に魔法は出てこない(出てはくるけど火炎だの何だのではない)し戦いもないし、挙句の果てには貴族が世襲ですらない。
実際に泥水をすするほど落ちぶれたヒロイン、ありがちな美男子と思いきやトラウマ持ち、極限まで切り詰めた登場人物と屋敷の三階という狭い舞台、剣や魔法や貴族制度ではなく服飾デザインという変わったモチーフを上手に登場人物たちの心情や背景と絡めての展開はお見事としか言いようがない。

私達、欠魂しました(守野伊音)

多分、「なろう」系含めネット上にある小説で最高傑作なんじゃないかな。

タイトルが秀逸、というのが第一印象。
第一王子なのに皇位継承権最下位かつ生きているだけで誰かを死に追いやってしまう王子オルトス、そうわかっていてなお悪態つきつつ隣にいる宰相の息子イェラ、感情が現れない魔術師エリーニ。
主人公はエリーニと言って良いと思うけど、これがまた絶妙なキャラ設定。
魔道具開発の天才、じゃあ最強なのかと安易になろう系に毒された頭で考えてしまうとそういう訳ではない。
綾波系なのかと思えば、実のところとんでもなく感情的(という言い方が正しいかどうかは、最後まで読めばわかると思う)。

明らかな悪役がいると言えばいる、いないと言えばいない、登場人物が悪役と思っていないんだから多分いない。でも王子は命を狙われるし、狙っているのが誰かもわかっているし、それが理不尽ではないかと言われると理不尽。

なのに悪役不在。
王子も魔術師も生きているだけでラッキーとしか思えないほど散々な目に会ってきているのに、誰かや何かを恨んだり憎んだりするのではなく、王子は後ろ向きで期限付きの生を追求するし、魔術師は前向きに後ろ向きな王子の死を回避することだけに命をかける。
何だこりゃ、と思う歪な生き方と命題なのに、まさか「なろう」系で感動できるとは思わなかったよ。

ちゃんと最後にタイトルを半分回収できているのがお約束ながらも安心した。
所々漢字の使い方が独特で読みづらさはあったけど、逸品。
冒頭も冒頭、作品最初の書き出しである王子のセリフ、これが後々響くので「なんじゃこりゃ?」と思ってもちゃんと覚えておくとよろし。

ガリ勉地味萌え令嬢は、俺様王子などお呼びでない(鶏冠勇真)

素直に「面白かった」と思えるもの。
田舎の貧乏男爵三男で見た目オタク系のリオルが、リオルに出会わなければ幾分変わっている程度で済んでいたであろう伯爵家長女のシャリーナに振り回される話。
筆記試験で特待生となるくらいに勉強しているが、魔術の才能はまったくないリオルの設定がちゃんと活かされているあたり、作者は設定やキャラクターに振り回されず冷静に書いているんだなあ、と感心。
何よりもシャリーナの心の声(と実際の言動も)が令嬢らしくなくて笑える。
番外編の書簡も面白く、もうちょっと続けても良いのよ?と思ってしまう。

時止まりの令嬢と女嫌い侯爵(千山芽佳)

いいと思います。
誘拐された令嬢とそっくりなスラム育ちの少女が、人間の醜さを負わされた不幸な本物の令嬢の代わりに復讐を果たす。
適切な感想としては「バランス」が素晴らしいということ。
読み始めは「ちょっとご都合が強いかな」と思ったけど、くどくない程度に伏線を張って回収している。
事件ものにありがちな「伏線多すぎて訳わからんわ」な作者の自己満足に陥っておらず、読む側を意識したバランス感覚は良い。
無駄に残虐な描写ではなく、かと言って感情移入できないほどあっさりしている訳でもない、内容的に必要な程度をきちんと把握している感じ。

5th(はな)

ありがちなファンタジーではないし、うんざりするような恋愛ものでもない。
ヤヌスの鏡をテーマにうまいことオリジナリティで味付けしてまとめるとこうなるのか、と感心する。
最下層民の少女が上層と中層の衛士と共に、「道なんて存在しねぇ、俺の歩く場所が道だ」と言わんばかりに進むけれども、そこに無茶や無謀は存在しない。
少女の個人的な環境やテーマに、うまく周り、国や世界の環境やテーマを絡ませて双方が破綻なく合致している。
世界観の説明を説明にせず、話の展開の中にうまく織り込んでいるのも文章力や構成力の巧みさを表していて、なろう系に多い「この部分はうぜぇな、読み飛ばそう」と思わせることがない。

平凡なる皇帝(三国司)

安心して読める。
貴族の屋敷で働く下働きの少女が、実は竜族最後の皇帝で、国のために即位しようと国へ帰る途中で色んないざこざに巻き込まれる話。
お約束と言えばお約束、王道と言えば王道だけど、多分それらで悪い印象を持つのは「設定」がお約束だったり王道だったりで読み出しからウンザリするからじゃないかな。
この作品でのお約束や王道は設定ではなく「ストーリー」や「構成」として良い意味で完成されているので、またか、とげっそりして途中でブラウザバックするということがない。
それなのに「敵も助けたい」みたいな博愛主義や「生き物を殺すなんて」的な菜食主義のような嫌味な主人公ではなく、切り捨てや割り切りが出来ている部分はお約束や王道から外れている、そういった点でも良作だと思う。
とっちらかった設定や、作者にか理解できない言い回しに伏線、面倒臭い表現もなく文章力に関しても安定している。

蟲狩り少女と赤い英雄(家具付)

蟲狩り集団の最強、牙の少女が皇子のモノになって後宮の女から護る。
あっさり言うと「ありがちな話じゃね」と思われるけど、描写が丁寧なので世界観や登場人物の背景などの設定がうまく話の中で解消されていく。
最初から執拗に描かれる蟲を食べる描写も、最後まで意味を持っていて、ファンタジーの描写というのはこうでなくてはならないと思わせる出来。

遊牧少女を花嫁に(江本マシメサ)

商業レベルで世界観が作り込まれているなあ、と感心していたら商業化されているそうで。あ、やっぱり。
オリエント・中央アジア風の世界でゲスい叔父に売られそうになる少女が、戦闘的遊牧民族の青年に拾われ、割とあっさり結婚する。
が、その分結婚した後の二人の交流や、青年の族に溶け込もうとする少女の描写はきちんと書き込まれている。
超常現象的なものはあるけれども、ご都合的に便利なものではないし、「いやそれはヤバいんじゃね」と言いたくなるくらいの代償が必要、なので軽々には使われていない。
無駄に感情的な部分がないため、贅肉を削ぎ落としたすっきりしたストーリー展開と言え、独特な世界観や用語が多く用いられているにも関わらず読みやすい。


きちんと完結したものとしては、以上が「出来が違う」と感じたもの。
どれも、日本語の使い方が間違っていない、ご都合的に能力や魔法が用いられていない(そもそも存在しないものも)、丁寧な心情推移と描写、戦闘やイベントに頼らない、というような点で下手な小説よりもよほど読む価値がある。
その中でも確実にレベルが違うのは、

私達、欠魂しました

エリスの聖杯

の2作。ちょっと他とは次元が違うレベル。



気軽にちょっと読む、という程度なら、

その村娘、美少女で心優しくて脳筋で(水上涼子)

が面白かった。
つーか、美少女に脳筋て。
読み応え、という点では上記には劣るけど話の筋や設定に矛盾がないので、ストレスフリーで楽しめます。
それと、

草をむしれば魔王が滅ぶ(竜山三郎丸)

きっちり100話で収めていることや、最後の方が少し駆け足気味な事を考えると全体構成と話数が先にあって、そこから肉付けしたんだろうなあ、と思う。
それだけに設定にも流れにも描写にも無駄がない。
裏を返せば物足りない、になるかも知れないけど気軽に楽しむには良いと思う。
タイトルから想像がつきにくいけど、勇者で魔王な少女と、ポーション作るのが上手い薬師の幼馴染が幸せになる話。


最初が良いからこそ時間の無駄になるもの

残念なものとしては、

真の仲間じゃないと勇者パーティを追い出されたので、辺境でスローライフすることにしました(ざっぽん)

途中までは良かったのに、続ければ続けるほど色々とブレていく。
完結していないのでまだわからないけど、落とし所がないんじゃないかなと思う。

イケメンなあいつの陰に隠れ続けた俺が本当の幸せを掴み取るまで(からすけ)

これも同様、続ければ続けるほどボロが出てくる例。
ただ、こちらは上記と比べて完全に「失敗してるな」と思われる。
「強い」のはいいけど、根拠がない。作者本人がキャラクターに引っ張られ過ぎ。妥当性も必然性も失って迷走中。


未完だが高レベルでまとまりそうなもの

未完で期待できそうなのが、

最強出涸らし皇子の暗躍帝位争い(タンバ)

北の傭兵の息子が南の魔法学院に入学する話。(やまだのぼる)

今度は絶対に邪魔しませんっ!(空谷玲奈)

頼むから途中でヘタレたり、設定やキャラクターと言った自分で作ったもの(だからこそ)に引っ張られて書くべきことを忘れたりしないでくれ、と願わざるを得ない。



「なろう」の功罪

これらはすべて「なろう」があったから出てきたものであって、恐らくこういったネット小説を自由に発表できる場がなければ世に出すのは無理だったのではないかと思いますね。
正直、安部公房や宮城谷昌光と言った別格とは比べようがないし、阿刀田高、堺屋太一、増田みず子などと同格に扱えるかと言えば絶対に無理な訳で。
田中芳樹程度だったら、十分に超えている作品もたくさんあると思うけど、比較対象が田中芳樹じゃなあ……。

ライトノベルというジャンルが馬鹿にされたり評価されたりしていますが、これはこれで書き手としても読み手としても文章の裾野を広げた功績はあると思います。
ただ、それはあくまでもコネや受賞といった壁があった訳ですが、「なろう」はその壁すらとっぱらった、ということで評価されても良いのかな、と。

とは言え、ここに挙げたのは本当にごく一部でしかなく、大多数は石どころかゴミでしかなく、そんなゴミが人気になっていたりするのを見ると文章や日本語能力という点では全体水準を引き下げてしまっているという罪も考えられそうです。